月美の卑屈を生きる詩

感情のおもむくままに

おやすみなさい、子供たち

「若い男にとっちゃ遊びに決まってるだろ、あいつには子供がいるんだぜ」
声を荒げてそう言うと、彼は伏した私を上から抱きしめる
「なあ、俺だって色々あったんだよ、わかってよ……」
無言で瞼を閉じて片頬をカーペットにつける
彼の「男の子と女の子」は、あの男の子供達の連想へとつながっていく。
あの男。堕落しきった、「鬼畜」と呼ばれることを得意に思う男の子供達


「俺の子供の服が入るのは君くらいや!」
黄色い子供服のワンピースを私に着せて、男は言う。
「この前久しぶりにかみさんに会って、もらってきたんだ」
なぜもらってきたのか。まさか私のためではあるまい。
男が寂しい夜に服を抱きしめるのを想像する。
想像は想像を呼ぶ。
「鬼畜」のはずの男が離婚話で聞かせたエピソード


浮気癖に愛想を尽かしたかみさんは言った。
「子供は渡さないわよ」
言葉通り子供達をかみさんに取られた男は車で山中へ
バブル時代に女達を貢がせて買った外車
呆然と、三日三晩男は運転席でただ目を開けていた
離婚のきっかけになった浮気は相手の自殺
薬を大量に飲んで
男は相手の顔も覚えていなかった
彼も呼ばれるように自殺志願になって
子供をとられて
鬼畜が


想像はとめどなく男が狂わせたある女の別れの手紙へ流れる
「昨日あなたと私の子供が死にました……桜子ちゃんを忘れないでね」
別の日、関係ないことで男は呟いた
「さあて、俺の〇人目の水子はどこへいったんでしょう」
親権を取られて自殺願望に憑りつかれた経験のある男が


私の上に乗っかる彼が背中に顔をなすりつけ、私は現実に帰る
おやすみなさい、どこかにいる愛すべき子供達

卑怯な恋

ひらり、と紙が宙に舞い落ちる
拾い上げてもう一度復唱する
「昨日あなたと私の赤ちゃんが死にました
 あなたが私の所に帰ってくれた時は本当に嬉しかったけど
 このままだとまたお互いに悪くなるから別れましょう
 桜子ちゃんを忘れないでね」


笑いたい笑えない
彼の彼女が残していった置き手紙
彼の女友達の台詞が蘇る 「あの子、卑怯やねん」
彼女は卑怯 悪者にならないずるい別れ際


悲しくさせる最初の一行
悲しみは最後の一行で怒りに変わる
奇麗すぎるから
怒りは憎しみに変わっていく
彼の本物の彼女だったと手紙全体が告げて


破りたい破れない
手紙をそっとたたんで机にしまう
彼の大事なものが入った引き出しに
憎しみもしまって
怒りをおさえて
悲しいだけ
嫉妬深くて醜い私の正体を彼に悟られないように
私もずるい
そんな女ばかり選ぶ彼も


この恋はずっと悲しいだけで終わるのかもしれない
奇麗なうちに 傷つかないように
みんな卑怯 私も彼も あなたも

犠牲

男が耳にあてた携帯電話の受話口から、女が男の名前を呼ぶ。
……君。息も絶え絶え、と言った風に。
焦ったような怯えたような顔をして、男は早口で捲し立てる。
「〇子、もう出てくるな。自分がどうして34キロまで痩せたか考えてみろ。仕事と俺と、両方うまくやろうとして、それで痩せたんだろうが」
プツッと電話が切れる。
男が小さく笑みを浮かべて、助手席の私の方を向く。
「〇子、一生入院確定。最後のお里帰りでお母さんの家からかけてきたんだな」
私は返事に困って、黙ったままでいる。
その女に関するこれまでの男の台詞が頭の中でリフレインする。
「俺のこと好きや好きや言うて」
「俺を独占しようと料理で20キロ太らされた」
「Sさんも〇子の飯、上手い上手いって」
預かってクローゼットにしまってある女の手紙の文面を思い出す。
「昨日、あなたと私の子供が死にました。あなたが半年ぶりに戻ってきてくれた時は、
本当に嬉しかったけど、このままだとお互いに悪くなるから別れましょうね」
「私は弱いけど、あなたは強いから大丈夫ね」
男と長年知り合いの女がこっそり私に教えてくれた秘密が浮かぶ。
「あの二人は心中しようとしたんやで。うちに電話かけてきて、今から死んでくるわって
東京に行ってん」
「あの子は卑怯やねん」
「あんた、〇子と被ってるわ。〇子と同じこと言うって、あいつが言ってた」
助手席の窓越しに真夏の青い空を眺めながら、とめどなく言葉が胸を過っていく。
「おいこっち向け」
男が私の両耳の辺りを持って、自分の方へ顔を向き直らせる。
「君はどこか〇子に似てるし、手元に置いておく。幸せになるのを見届ける」
歯の浮くような台詞に私はあやうく笑いだしそうになった。
同時に嫌な予感と不安にかられる。
この男から離れなければ。
それなら離れればいい。
見捨てられ不安が私を逃げられなくさせる。
逃げなければ。
蹂躙の夏が終わる前に。
いつか私もこの男にまるめこまれ、おかしくなってしまうだろう。