月美の卑屈を生きる詩

感情のおもむくままに

泣かない

とても大きな声で泣きわめき
一瞬でケロっとする子供だった
子供の面影が薄れていき
泣けば泣くほど
醜い顔が崩れて笑われ気持ち悪がられるだけだと
気が付いた思春期から
「誤解されるくらい」泣かなくなった
その頃から
死が始まっていたのかもしれない

ありがとう

自分を取り戻す
本当の私を
私は私だと自信を持って
人生を生き直す
それは女の生きづらさをわかっていない男の人の主張


私はと言えば
中学の時に
学校で影響力のあるM君に気に入られ
「Mの女」として扱われることで
私の悪口を言う連中を
「お前らあんまり言うなよ」と言い放てるだけの余裕のある
「プリンス」というあだ名の男の子のお気に入りだったおかげで
中学を無事に卒業できることができたのだ
女はともかく男の子から危害を受けることはなかった
その時に私は無意識に知った
美人でなくても「おとなしそう」
そして彼女でなく「お気に入り」の地位に甘んじていえば
媚びさえ売らなくても教室にいるだけでやり過ごせることを


皮肉なことに「おとなしそう」というのは外見も兼ね備えていなければならない
白い肌 栗色の髪 ほっそりした体 
それらを兼ね備えていなければ
M君はある女のことを「くろんぼちゃん」と揶揄していた
そんなM君の発言を見て見ぬふりしておとなしぶっていた私
彼は私と「結婚する」と
だが不美人だから「彼女ではない」「お気に入り」だと
そしてそれを何の抵抗もなく「身の程をわきまえて」すんなり受け入れる私だからこそ
卒業まで私は「Mの女」として無事に生きながらえたのだ


しかしFBでM君がいまだに結婚していないのを知って笑いがこみ上げる
彼は本気で「結婚」など面倒くさくてしたくないのだ
それは私とて同じこと
結婚すれば人間の化けの皮ははがれてしまう
そこには人間の影さえありはしない
M君が私を「お気に入り」にとどめたのも「ブスを彼女」にして中傷されたくないから
私がM君に近寄らなかったのも「ブスのくせに」と虐められたくなかったから


だけど「お気に入り」なのを卒業まで撤回してくれなかったのはありがとう
そうして私は生き延びることができたのだから
そのやりくちは高校、大学、社会に出ても役に立ちました
あなたから授かったのは「好意」や「保護」以上に
こんな男尊女卑の世の中でうまく相手を悪者にする術だったのかもしれません
残念ながら私の才能は文才ではなく「おとなしぶること」だったのでしょう


小学校から私を見ていたM君、私の生きる術を叩きこんでくれてありがとう
たとえ言いたいことを言えない弱者ぶることで相手を加害者にする
傍から見れば屑のようでも あなたは追いつめられて首を吊らないですむ生き方を
教えてくれた最初の人でした

芸術からの追放

……27歳のあの夏の朝を迎えてしまったせいで
私は壊れて自分を見失ったのだと思っていたが
心の奥底にパンドラの箱が隠されていたのだ
醜い側として扱われること
頭の鈍い人間として迷惑がられること
それゆえに職場から逃げざるを得なかったこと
社会的立場を失った私が「仲間」から外されたこと
まだ未来があると必死に箱に納めて鍵をかけていたそれらのものが
見知らぬ男に突然連れ去られるという「理不尽」によって
私の心の外部へ解き放たれてしまったのだ
それは初めての「自分が悪い」という呪文が効かない出来事だった
十年もの間パンドラの箱から飛び出た得体の知れない様々な傷が
それを契機に私を乗っ取り自暴自棄という形で暴れ狂わせたのだが
当時はそんな精神構造どころか 自分が何をしているかもわかっていなかった
「芸術」に憧れそれらを直視して書けるなど嘘くさい話である
さらに長い年月を経て記憶を再び閉じ込め風化させられるようになり
ようやく平穏な生活を取り戻すことができるようになったのだから
「芸術家」がサバイバーのパンドラの箱を開けて表現したつもりになっても
「実地の体験」には遥か及ぶべくもない
私はあの夏の朝を契機に「芸術」から出入り禁止を宣言されたのだ
それを理解するのにこんなにも長い年月を費やさなければならなかった
箱の中に何が入っているのか そのおぞましい正体をはっきりと認識するまで