月美の卑屈を生きる詩

感情のおもむくままに

堕ちていく

彼の停めたベンツを追い越して、白のクラウンがキッと止まる。
彼は黙って左ハンドルの運転席を下りて外に出る。
Sさんがスーツのポケットに突っ込んでいた手でそのドアを開ける。
品物を見定めるような目つきで私を見る。
私はとっさに精一杯の笑顔を浮かべた。
「〇と申します。私まだよくわからなくて……よろしくお願いします」
はい、はい、とSさんは運転席から身を乗り出して大きく笑っていた。
挨拶が終わると同時に、Sさんは真顔になって車から降りていった。
本物は空気が違う。深呼吸をして肩を揉む。
Sさんが芋けんぴの袋を掲げてクラウンからこっちへ歩いてくる。
私の頭を撫でて手に袋を持たせた。
運転席に戻っていた彼が声を張り上げる。
「〇ちゃん可愛いでしょ!」
「可愛い、可愛い」
「僕がブスをSさんに引き合わせるなんて真似したらぶん殴ってくださいね」
ハハハ、Sさんはすぐ真顔になってクラウンに乗り込み発進した。
彼がその後ろをついていく。
閑静な住宅街の舗道沿いに二台、二人はそのまま車から降りた。
「会議なんだ。車を見張っていてくれ」
「えっ、ちょっ……」
Sさんはずっと遠くの事務所らしき建物に入っていく。
「しょうもないことで電話すんなよ」
彼が走って追いかけていった。
空はすっかり暗くなり、街灯が明るくなる。
挨拶だけで帰るつもりだった。
車番をさっそくさせられて、まずい状況ではないか
私は堕ちていくのか
この二台に何かあったらただじゃすまない
無事終わったら逃げよう
堕ちてたまるか……