月美の卑屈を生きる詩

感情のおもむくままに

失恋一人芝居

ワンルームマンションが広く感じる
正方形の部屋の片側のエアマットレスで
膝を抱えて猫背で窓から陰っていく空を眺めている
色んなことが思い出されるよ
若い頃悪い男に酷い目に遭わされたのを帳消しにできるほど


できると思ったんだ
あなたとなら過去はなかったことにできると思ったんだよ
だから信頼するパートナーに打ち明け話って考えたんだ
その日をさかいにあなたの私への視線が怖くなった
どう怖いって? こいつは誰なんだろう、みたいな視線でさ


「電気くらいつけろよ、よけい鬱になるぞ」
暗くなっていく部屋であなたの声がするんじゃないかと祈る
マットの傍には大量服薬した処方薬のシートやビニール袋
携帯には「薬飲むなんて、もっといい人だと思いたかった」
三日間眠っている間に彼はこないかわりに私を悪者にするメールを


しっかりしろよ、と頭のなかの別の私が声をかける
わかってる、ふらつく足取りで立ち上がりシャワーを浴びに
洗面台には彼のヘアワックスと歯ブラシ
シャワーの湯を最大限にして声を押し殺して
泣こうと思う……けど涙は出ない
泣いたことなんか 蹂躙の夏から一度もなかった
奇妙に心が渇いているのを感じる
きっと大量服薬をして疲労しているんだ
そうだそれだけだ 彼だけは違う
今度の彼だけは自暴自棄のターゲットじゃなかったはず


ザーザー湯に打たれながら私は笑いだした
別れを切りだされて大量服薬なんて若い子じゃないんだから
哄笑があふれでる 
その時だ ふいに涙が溢れ出した 十年近くぶりの涙だ
これはどうしてだろう? なぜ笑いながら泣いてるんだ?
ずぶぬれのまま泣いている顔をシャワーの湯にむけて上げる
アハハハハ 泣いてるや泣いてるよおっかしいの 次のも泣くかな


それから十年、次はなかった
まるで心に鍵がかかったみたいに
涙も出たことはない
今迄もこれからも


あんなに傷つくのはまっぴらだ
愛を込めて

テーブル椅子のぬいぐるみ

告白をしたのは
夜中に感傷的になったからだと
あなたが受け流した瞬間の
私の気持ちがどんなものだったか
わからないでしょう


リビングには大きなぬいぐるみ
腕枕に頭を乗せながら
あなたが笑って流した時の顔と
「ああ、このぬいぐるみはあいつの……」
いや、違うな、と口をつぐんだ顔を思い浮かべてる
気分はどこまでも落ちていく
でも安定剤や睡眠薬をあなたが嫌うから
この腕を失いたくなくて飲まずにいる


「十年も一緒にいたんだ、いつまでも忘れんよ」
別れた奥さんをあいつ呼ばわりしながらあなたは言う
私の気持ちがどんなものだったかわかる?
過去の「事件」にあなたは関心がない
「あいつ」のことに比べたら蚊のようなものだって


でもそれが当たり前なんだ
私だってあなたの別れた奥さんの話は聞きたくない
けど違うのは
あなたは本当に私の告白した過去に興味がなくて
私は「あいつ」をまだ愛してるのか興味があること


皆が皆彼氏彼女のことを何でも知りたいわけじゃない
ただ私達の間は殺伐としているように感じている
あの色褪せた巨大なクマのぬいぐるみが
「あいつ」の残していった思い出と一緒に
大きな顔をしてテーブルの椅子に座ってる
それがとっくに出ているこの関係の答え


もういいよ出ていくから
いつかは悪夢から起こしてくれてありがとう
あのクマをもう見たくないんだ
「あいつ」が出ていく時、あなたは
「好きなものをなんでも持って行っていいよ」と言った
私にそんな権利はないし、あなたも言ったりしない
ありきたりに思い出だけを持っていくよ


最後にいい思い出だけが残る人なんているのかな
そうなるように祈るから
あなたのことを
私のことも

意地悪な気持ち

彼と私が喋り出すとうつむいて
美女でもないのに奇麗に涙を流し
女優でもないのに奇麗に涙を拭く
そして健気にニコニコ笑っている
ずっとニコニコニコニコ 
機械みたいに
その笑顔に意地悪な気持ちが湧いた19歳の春


あんなに器用に笑えない
奇麗じゃないのに人前で泣けない
崩れた顔は無様で笑われるだけ
なのに彼の彼女はあんな風に泣く
美人にしか許されない手管
美人だと思ってる許せない


許せない 私は何があっても絶対泣かなかったのに


許さない


傷つけたい傷つけてやる


それがあなたの人前で泣いた罰
私がやりたかった役だから


とってかわろう食ってやる