月美の卑屈を生きる詩

感情のおもむくままに

野苺

幼い春
小山の頂きにあるマンションから麓まで
草々で覆われた山肌の斜面に野苺
薄い赤 子供の指先で軽く摘まんで
棘が生えていた 薔薇にはおよばず
薄い味 勢いよく駆け下りていく緑踏んで
たんぽぽ摘んで 綿の実拭いて
白いふわふわがどこかに飛んでいくよ


大人の夏
体育館のステージの緞帳のような暗く重い赤
ベルベットのような生地に
黒い蔦が縁がギザギザの丸い葉をつけて
絡まっているノースリーブのワンピース
夏の陽が容赦なく照らし出す朝の街の片隅で
知らない男が 
どこかのマンションの階段のコンクリートで
服を埃で汚し皺くちゃにしました


そして同時に 野苺の記憶がどこかに消し飛んでいったのです

心の小さな窪み

……昔、私を好きだと言ってくれた男の子がいる
サッカーが好きで、勉強ができて、できずぎるほどでなく
学校で有名なイケメンだった


「Mの女」 私はそう呼ばれていた 
教室で 廊下で すれ違いざまに 振り返られ


時に噂された 当てつけにクスクスと笑われを繰り返した
「あの女が、あいつの?」


実際には私達は付き合っていなかった
「可愛くないから、お気に入りだけど付き合ってない」
彼に告白したある女は、そう言っていたと私に洩らした


笑っている時だけ隣に寄ってくる男だった
ニコニコと嬉しそうに
そして ある日「可愛い転校生」という物語的なものに
男はヘラヘラと行ってしまった


鏡を見れなくなる
目をメスで切開して二重にする
腫れぼったい瞼の脂肪を吸引する
鼻の段骨を削る 小鼻を縮小する 鼻の先を尖らせる



骨と皮と肉を切り取り 
心に空いた小さな穴を埋めようとして
いまだに埋め切れずに
心の表皮に少しでも触れれば
そこには小さな窪みがある
過去も未来も永遠に切り取られたまま消えた
面を平らにするため埋めた
シリコンの入った腰の痣の跡みたいに

ショートカット(痣)


腰の痣をメスで切り取る
麻酔の切れた状態で十数針、布団針を刺されるような痛みがささる
額や背中もびっしょりな私の頭から
医師が白いシーツを放るようにしてかぶせる


砂利のように嫌悪を悪意を投げつけられた
物心ついた頃には 幼稚園のビニールプールで
40年前 パンツだけを履いた子供達の群れのなか
汚いものを見る視線を浴びせられた


小学生になると体育の着替えの際に
二人組のクラスメイトがヒソヒソと
痣を指さして やはり汚物を見るような視線を投げかけた


メスで切り取ってしまえば
抜糸の跡もしばらくすれば消え
何事もなかったかのごとく
身も心もうっすらと傷跡が残るだけ


けれど忘れられない傷が刻まれている
黒い楕円形の印がまだくっきりと皮膚に浮かんでいたのを
初めて私を好きだと言って抱きしめてくれた男は
或る晩、電話で吐き捨てた
「あんたと俺が? なんのこと? けっ、おえっ、気持ち悪い」
虫の居所が悪かったのだろう 痣を示してはいないかもしれない
けれど本音には変わりない
思っていないことは口に出ないものだから


私は誰かを愛するのを無意識にやめた
ニヒリストだと 自信があるのだと 理想が高いのだと
好き勝手に人は言う
誰も知らない
誰もが知ってる
人は簡単に人を愛さなくなることを
自分が汚いもののように扱われた瞬間に