月美の卑屈を生きる詩

感情のおもむくままに

虚ろな嫉妬

赤い唇が笑っている
スマートフォンを眺めながら、オーバーリップ気味の唇が
時折歪みながら笑っている
なにもない白い肌
電車でよく見かける類の若い女に胸がチクリと痛む
私を切り捨てたあなたの娘を重ねあわせて


後にも先にもカミングアウトした恋人はあなただけ
軽くあしらわれたあのショックは
あなたへの失望と不信を生んだ
それからしばらくもしないうちに私を捨てて
二重のショックで私の心にとどめを刺した


いともたやすく切り捨てられた
けれど「事後」で己の身を汚らしいと感じていた
そんな私に強気であなたに迫る術はなくて
溜息とリストカットで流れる血とともに未練を流した


あれからどれだけの時間が過ぎたのだろう
ちらちらと目の前に座る若い女に視線を送る
あなたの娘は、きっとあのくらいにはなったでしょう
あのくらいには美しく
まだ傷ひとつない肌で
流行りの明るい赤の無防備な誘惑は意識的か無意識か


空虚な嫉妬が胸を舞う
あなたの娘はなにも知らずに
まるで勝ち誇ったみたいに笑ってる
愛されてるのは私だと

恋愛試合

自分の女を私に引き合わせるの
これが3人目ね
とどめがとんでもない美女だったこと
あなたはきっと計算ずくで
病気で死を宣告され離婚されたがゆえに人の痛みがわかる女
子供二人を抱えて離婚しても生活のためにたくましい女
それで私はあなたに気を許した
善意で私が良くなるように他の女を引き合わせたんだってね
そして三人目が何もしていない正体不明の美女だった
なかなかお目にかかれないほどの美しい人
独り暮らしの平凡な賃貸マンションで寝ているだけの


美女を紹介した後あなたは言った
「昔はもっと奇麗だったんだぜ。あんな奇麗な子が俺のことを好きって言ってくれる」
「20代はもっと奇麗だったんだぜ」
得意げなあなたの態度
「いいなあ、色んな人に愛されて」
私はケラケラ笑ってみせた
「ほんとにそう思ってるの、妬かないの、ねえ」
あなたは慌ててまくしたてた あざとさが匂う演技
こうやって私が嫉妬をおぼえてあなたに執着すればいい
貢ぐのすら厭わなくなるように
平気なのはあなたの魂胆が透けてみえるから
それは呆れと軽蔑を呼び起こし
そうやって期待が外れても私からさっさと去らないのは
愛情に飢えているからだろうか
あなたは母親の愛にさえ飢えてる愛情乞食
愛を知らないから、自分に物質を与えさせ
なおかつ愛情まで得ようとする
憐れな男


もてないうえに通りすがりの男に蹂躙されたばかりの私は
金銭を物を与えてこの男が傍にいてくれるので
不安や悲しさを紛らわせてる
私に切られたら困るこの男で憂さを晴らしてる
愛情のなんたるかを知らず、飢えているのにも気がつかない
子供みたいな愛を欲しがる駄々っ子


あなたがいくら女をつくろうと私を傷つけたりはしない
それでもあなたの女を紹介される度に傷はつく
女達があなたへの愛を剥きだしにして泣き笑う様のせい
その愛をあなたがいちいち受け止めているから
私のなかのどこを見渡しても愛がなくて愛されなくて
そんな自分を憐れむプライドのなさが悲しいだけ
あなたといても心は惨めになっていくばかり


他者に愛される幸せ愛されない不幸
他者を愛さない不幸 それだけを共有して
あなたは振り向かない私を貶めようとする
愛にみせかけた意地の張り合い
どっちが先に降りるか、下らない恋愛試合

今日は死ぬのに最適な一日

……ずっと昔、私がまだ若かった頃、なしくずし的に一緒にいた男に本命の彼女を紹介されたことがある……男の上司とも関係のあった女の人だが、離婚して二人の子供を抱えて昼は会社勤め、週末の夜はクラブでコンパニオンをして生活していた。
「お客さんは靴見るよ。これあげるわ」
彼女は住んでいる団地の玄関脇のシューズケースから光沢のある銀のヒールを笑顔ではい、と渡してくれた。彼女はいつもニコニコしていた。子供達も。
固定電話が鳴る。
「はい、ええ、私そういうのは……」
受話器を置いたあと、彼女は
和室の畳のうえに仰向けに寝っ転がり、額に左手をやった。
「社長が愛人にならへんか、ってしつこかったから断った。もう会社行かれへん。今月の家賃どうしよう……」
額に置いた彼女の手。手首がミミズが這ったように膨らんでいる。
「これなあ」すっと起き上がってにっこりしながら彼女は手首の傷を私の前に差しだした。
「男に二百万円騙しとられてん。お風呂場で切ったんやけど、痛くなかってんで。チビが見つけて警察に通報してな、〝子供のいる前でやらないでください!〟って怒られたわ」三十歳をすぎて小皺もなくつるっとした肌で目を細めて大きく笑う。
男が車の中で言った言葉が脳裏をかすめる。「元は俺の上司の女だったんだぜ。クラブで客として知り合ったんだ。表向きは不動産会社役員ってことになってるからな。絶対言うなよ」
「〇さんの会社、もうすぐ旗揚げするらしいよ」やばい言葉が思わず口をついて出た。
「〇さん、そんなんじゃないわ」
声のトーンを落として私をじっと見据えて返事をした。怖い。もうそれ以上何も言えなかった。
……彼女の家の客間で、隣から声がして目覚める。
「もっと優しくしてやりいや!」
「俺、あいつと付き合ってないよ」
「ならよけい優しくしてやりいや!他の男はもっと優しいで!あんなに痩せて、処方薬持って!」……
翌朝、帰りの車のなかで男が呟いた。
「あいつとはマジで付き合ってる。俺らの正体をあんまりばらすなよ。信じてなかったから許すけど……それからこれでわかったろ、女は顔じゃなくてハートだぞ」
あちこち顔をいじってもブスだと日ごろ愚痴っている私に男はあてつけた。
「……うん、〇ちゃん好き」
「あの子は人間できてるよ」
見知らぬ男から暴行を受けて一月かそこら、夏の陽はさらに輝いてフロントガラス越しに
私達を射した。
「昨日は楽しかった。あんなに親切にしてもらって、幸せ」
男はふっと笑ってハンドルを持って呟いた。
「今日は死ぬのに最適な一日」……