月美の卑屈を生きる詩

感情のおもむくままに

忘れない

あの夏
自分をコントロールできなくなった私は
普段知り合うはずのない男とつきあい
誘われるがままにどこまでもついていった


やや高級なマンションの一室につれていかれ
そこには部屋の持ち主の忍ちゃんがいた
忍ちゃんは血小板が減って28歳のその時に
35歳までに死ぬ病気とやらで
子供を取られ離婚され、慰謝料にマンションを貰っていた


広々としたリビングのフローリングは
忍ちゃんが潔癖症で洗剤で手が掻きむしって血が滲むほど
磨きに磨かれピカピカ
窓に置かれた全身鏡の前に数個発光するガラス球が並び
黄色く輝く珠のなかで黒いセロファンの男の子と女の子が
鳥のような軽いキスを交わしていた


「電気代かかるんやで」
忍ちゃんは寂しそうに微笑んでいた
重苦しさに胸が塞ぎかける言葉もない
彼女の子供達は兄妹だったから


それからポツリと忍ちゃんは
「産まんかったら良かった……取られるくらいなら」
結婚も妊娠の経験のない、わかるはずのない私にそう呟いた
私はただ黙って その台詞は今もまだ心の片隅に残ってる


今どこにいますか?
あなたの傷は言葉で伝わることで私の傷にもなりました
仮に死者となっていても
生者の私の血にあなたの思いは受け継がれている
きっと忘れない
私はあなたの思い出とともに生きている

ほんのひととき
罵声と哄笑の飛び交う頭を休め
夢を見ていた
傷つかないという、
それ自体が手を叩いて笑いを呼ぶような
感傷的な夢を

幽霊

ステージのエアコンがバチバチと鳴っている
鉛筆ビルのカラオケボックスの外壁が
わずかな隙間を隔てて建つ隣のビル越しに
巨大なものにどつかれたように
ガン、と大きな音を立てた
足元の床が
階下から洗濯竿で突き上げられたように
ガン、と鋭く鳴って揺れる


トモダチがニタニタ笑っている
猫を連想させる瞳が意地悪く光っている
「あんたの昔の男に惚れて狂った女の生霊がステージにおるわ」
「あんたにそっくりや。へえ、凄い因縁やなあ」
「あんた、気をつけや。あの女に半分引きずられてるで」


馬鹿にされていると気がつかないと
調子に乗っているトモダチ
いっぱしのプライドから友達を着信拒否すると
向こうからの幾度かの優しいメールのスルーのはてに
「私だって普通の家に生まれたかったのに」
私を引きずり落したいのはトモダチ
生霊じゃなくて生きた人間
人間の業