あの夏
自分をコントロールできなくなった私は
普段知り合うはずのない男とつきあい
誘われるがままにどこまでもついていった
やや高級なマンションの一室につれていかれ
そこには部屋の持ち主の忍ちゃんがいた
忍ちゃんは血小板が減って28歳のその時に
35歳までに死ぬ病気とやらで
子供を取られ離婚され、慰謝料にマンションを貰っていた
広々としたリビングのフローリングは
忍ちゃんが潔癖症で洗剤で手が掻きむしって血が滲むほど
磨きに磨かれピカピカ
窓に置かれた全身鏡の前に数個発光するガラス球が並び
黄色く輝く珠のなかで黒いセロファンの男の子と女の子が
鳥のような軽いキスを交わしていた
「電気代かかるんやで」
忍ちゃんは寂しそうに微笑んでいた
重苦しさに胸が塞ぎかける言葉もない
彼女の子供達は兄妹だったから
それからポツリと忍ちゃんは
「産まんかったら良かった……取られるくらいなら」
結婚も妊娠の経験のない、わかるはずのない私にそう呟いた
私はただ黙って その台詞は今もまだ心の片隅に残ってる
今どこにいますか?
あなたの傷は言葉で伝わることで私の傷にもなりました
仮に死者となっていても
生者の私の血にあなたの思いは受け継がれている
きっと忘れない
私はあなたの思い出とともに生きている